Sustainability talk 13 久保田秀暢(後編)

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Rome / Italy

日本はもう地域によっては危機に瀕しているので、本格的にやらないと、と思っていますが。
ただ日本では新しくレーンを作るわけにもいかないので、混在で走るとして、安全基準などいろいろなものをクリアして、例えば、50万円以下でそうしたクルマが作れるのかという話になるじゃないですか。軽自動車が50万円くらいで買える訳ですから、そうした点はどういうふうにするのかと。

確かにうちの父親は高齢で、この間まで普通乗用車に乗っていましたが、さすがに車庫入れでこするようになって、軽自動車に買い換えようということになっています。
その年齢でも軽自動車なんですね。
軽自動車で何がしたいかというと、遠出は考えていなくて、近くのスーパーなどに買い物にいくとか。
軽自動車が1台あれば足りるわけです。

まさにおっしゃるように、時速60kmしか出ないクルマには必要性を感じていませんね。
ヨーロッパでは、シティーのコミュニティーのパブリック・トランスポーテーションがしっかりしていますよね。
例えば、ジュネーブは都市の規模から言えば、30万人から50万人くらい、日本では高崎市ぐらいです。
でも高崎市には路面電車がないんですよ。
でもジュネーブなら、路面電車があって、5分に1本トラムが来ますし、バスもそれなりに頻繁に走っています。

ドイツなどは東京のようなメガロポリスがないかわりに、シュトゥットガルトなどのような大きな都市はもちろんのこと、その横のフライブルグのような小さな都市でも必ず路面電車は走っていますよね。
そうすると新たなカテゴリーを作らなくても、高齢者の方たちも路面電車で移動できてしまうのですよ。

翻って言うと、日本もそう出来るという話でしょうか。

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Paris / France

しかし今更インフラに投資出来ないでしょう。
路面電車の発想はもともとヨーロッパでは馬車の社会ですから、16世紀ごろから馬車が走っていたその延長として路面電車が街に根付いているというか。
馬車が走っていた道をクルマが走り、馬車が走っていた道を路面電車が走っているわけです。
日本の場合は19世紀に入るまで駕籠だったわけじゃないですか。
馬車なんてないし、駕籠はどこを走るかといえば、農道ですよね、簡単に言うと。
そんなところにクルマが走ったり、路面電車を引くことは物理的に無理ですね。

だから、もともとの交通システムの作り方が違い、もともと発想がないところに、富山にあるような路面電車を他の小さな都市に作るかといったら、そんなインフラ整備のお金を誰が出すのかということになる。
今から作り始めて20年かかりますし、じゃあ20年後どうなっているかというとねえ。
やっぱり思想が違うと思いますよ。
馬車で移動していた国と、駕籠で移動していた国とでは。