APRSO & CAREC Road Safety Capacity Building Program Webinar Series1
Session2が2025年3月25日開催されました。
テーマ:「データ活用で未来の道路安全を設計する:グローバルステータスレポートを超えて」
2025年3月25日に開催された「APRSO & CAREC Road Safety Capacity Building Program Webinar Series」の第2回セッションでは、世界保健機関(WHO)の「道路安全に関するグローバルステータスレポート」を補完するデータとリソースを紹介しました。本セッションは、道路安全の計画や実施を強化するために役立つ具体的なデータ活用方法を探る場として、各国の成功事例や専門家の洞察を共有しました。
アジア太平洋地域道路安全オブザーバトリー(APRSO)と中央アジア地域経済協力プログラム(CAREC)、アジア開発銀行(ADB)が主催し、日本貧困削減基金の助成金により実現したこのウェビナーには、政府機関やNGO、研究者など多様な参加者が集結。データが政策、投資、実施をいかに変革するか、その可能性を探る貴重な機会となりました。
本セッションでは、補完的なデータソースの実例や活用事例を通じて、各国がデータを活用し、より安全な道路システムを構築する方法について議論しました。
基調講演
Soames JobCEO and Principal, Global Road Safety Solutions
プレゼンテーション1
Mel EdenPolicy Analyst, Asian Transport Observatory
プレゼンテーション2
Sattya BoranDeputy Director, Department of Road, Traffic Safety, Cambodia
ファシリテーター
Jessica TruongSecretary General, Towards Zero Foundation (TZF)
基調講演:Soames Job
基調講演のJob氏は、データを扱う際に重要なアプローチについて説明しました。まず、データを扱う際は「目的」を明確に設定することが重要であると強調しました。例えば、道路安全のためのデータを収集する際、目的を明確にすることで、必要なデータやその詳細が明らかになり、効率的なデータ活用が可能になると述べています。また、収集する際には「持っているデータ」ではなく「必要なデータ」を重視するべきだと指摘し、その具体的な方法も説明しました。
データ収集の目的
Job氏は、道路安全における主なデータ活用の目的をいくつか紹介しました。最初に取り上げたのは、「グローバルな進捗状況の追跡と報告」です。これは、WHOや国連、世界銀行、アジア開発銀行など国際機関が行う活動で、多くのNGOや政府関係者がこのデータを使用しています。特に、NGOはこのデータを用いて政府に対して事業計画を提案したり、世論喚起を行ったりしています。
次に、Job氏は「資金調達」を目的としたデータについて触れました。資金調達のためには、事故による死亡者数や負傷者数、事故や外傷のコストなどのデータが必要であり、これらの情報は事故データベース、健康データベース、保険データベース、調査や推定法などから得られると説明しました。
さらに、道路安全の2つ目の目的として、「国や自治体での道路安全改善の管理と実施」について説明しました。この目的に関するデータについてはセッション全体で議論されるため、詳細は触れませんでしたが、管理プロセス全体を見渡すデータが重要であることを強調しました。
必要なデータとその役割
道路安全を改善するために必要なデータについても言及しています。政府や資金提供者を説得するためには、死亡者数や重傷者数、事故コスト、施策の費用便益比、施策の副作用に関するデータが求められると述べました。例えば、道路事故のコストがGDPの何パーセントに相当するかというデータは、政府にとって非常に説得力があると説明しています。
Job氏はまた、費用便益比が非常に高い施策(例:スピード制限やスピードハンプ設置)の有効性を示すデータの重要性を強調しました。これにより、道路安全への投資が社会的・経済的に有益であることを示せると述べています。
誤解の是正と具体例
Job氏は、道路安全施策に対する一般的な反対意見に対処するため、正確なデータを使うことが重要だと指摘しました。例えば、都市部でのスピード制限の引き下げ(50km/hから30km/h)の際、最初は反対運動があったものの、調査により多くの人が制限を支持していることが判明したウェールズの事例を紹介しました。また、スピードハンプ設置については、住民がそれを望むケースが多いことや、実際に住民が自主的に設置する場合もあると述べています。
さらに、道路設計や速度制限を設定する際には、道路の整備状況だけでなく、周囲の環境や利用状況(例:近隣の市場や住居)を考慮すべきだと指摘しました。例えば、チャドの高速道路のケースでは、一見すると速度制限を高く設定できそうな道路でも、周囲の環境を考えると低速制限が適切であることがわかると説明しています。
事故データの活用
事故データを収集する際には、単に「原因」を特定するのではなく、「事故の性質」に注目することが重要だと述べました。例えば、歩行者事故の場合、警察は歩行者の責任を強調しがちですが、データを基に歩道橋や歩行者専用フェンスの設置といった具体的な解決策を導き出すことが可能です。また、カーブでの道路逸脱事故に対しては、防護壁を設置することで原因に関わらず安全を確保できると説明しました。
「安全システムの原則」
Job氏は「安全システムの原則」にも触れました。この原則は、道路利用者が完璧に行動することを期待せず、ミスが致命的な事故につながらないシステム設計を目指すものです。低・中所得国でもこの原則を活用することが可能であり、限られたリソースを効果的に使うことで、命を救うための施策を実現できると述べました。
環境を考慮したデータ収集
最後に、道路安全施策の計画では、道路自体の状態だけでなく、周囲の環境や歩行者の有無などを考慮することが重要だと述べました。例えば、歩行者が横断する場所や道路脇で歩いている人の有無を確認し、それらに基づいて適切な速度制限を設定する必要があると指摘しました。また、事故原因を特定するだけでなく、事故の種類(例:正面衝突、道路逸脱、歩行者事故など)を理解することが、安全システムの改善につながると説明しました。
この講演を通じて、Job氏はデータの収集と活用が道路安全の施策においていかに重要であるかを強調し、具体的な例を挙げながら効果的なアプローチを示しました。
プレゼンテーション1:Mel Eden
Eden氏は、アジア交通観測所(Asian Transport Observatory (ATO))がアジア地域での交通セクターに関する知識や洞察を提供することを目的としたイニシアチブであることを紹介しました。ATOの主な目標の一つは、アジア開発銀行(ADB)とアジアインフラ投資銀行(AIIB)に知識を提供し、政策策定を支援することです。また、世界的なプロセスや地域的な目標、例えばパリ協定やSDGs(持続可能な開発目標)の進捗状況を追跡することにも重点を置いています。
ATOは、道路安全などの分野に関するデータを提供し、これには500の国別指標と1,080の都市レベルの指標が含まれます。さらに、ATOは、政策情報を収集・分析し、これまでに39か国、680の政策文書を分析しており、約7,000の政策措置を特定しています。ATOは、このようなデータや洞察を基に、ウェブサイトを通じてレポートや製品を公開しており、その中にインタラクティブな「道路安全プロファイル」があります。
ATOのデータアプローチには、以下の4つの主要な特徴があると述べました:
- 複数のデータソースを使用することで、データの精度を検証し、異なる目的に応じて最適なデータを選択できる。
- 異なるレベルや範囲でデータを収集することで、問題の所在や解決策を多角的に示すことができる。
- 他の分野(例:ヘルスケア支出)との関連を示すことで、道路安全の緊急性を強調できる。
- データと政策を同時に収集・分析することで、政策が道路安全の改善に与える影響を明確にする。
次に、ATOのデータとポリシーが道路安全の進捗状況にどのように役立つかを示す例として、タイにおける空気質規制の効果と、アジア地域における道路事故の減少トレンドが示されました。
>最後に、ATOのデータが国々やステークホルダーにどのように役立つかを強調し、ATOのウェブサイトでの利用を推奨しました。
プレゼンテーション2:Sattya Boran
Boran氏はカンボジアの道路交通安全部門に所属し、カンボジアでの道路安全に関するデータ活用の事例について紹介しました。彼は公共交通機関にも関わっており、国立安全委員会の公式メンバーとしても活動しています。今回の発表では、カンボジアで使用されているデータソースと、それがどのように道路安全の取り組みに役立っているかについて説明しました。
以下はBoran氏のカンボジアにおける道路交通安全に関する発表の内容です。Boran氏は、カンボジアでの道路事故とその影響について説明し、その後、カンボジア政府がどのようにデータを収集・活用しているかを紹介しました。
発表の概要:
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導入部分:
- カンボジアでは2023年に1,622人が交通事故で死亡し、3,512人が負傷。平均して1日に約4人が亡くなっている。
- 交通事故の主な原因は速度超過(33%)で、次いで危険な追い越し(12%)が続く。
- 主要な死亡者は自転車(70%)と歩行者(9%)が多い。
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ケーススタディ:
- カンボジアでは、政府と関係者が協力して道路安全の取り組みを進めている。政府はデータの収集とその管理に強いコミットメントを持っており、効率的にデータを活用している。
- カンボジアのデータ収集の構造は、全国から地方レベルまで一貫しており、情報は保健施設や警察から集められ、最終的に国家道路安全委員会に送られます。
- 年次報告書やデータ分析を通じて、事故の原因や傾向を特定し、政策決定に役立てている。
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課題:
- データ収集の精度や人的リソースの不足、技術的な制約がデータの精度に影響を与えている。特にリアルタイムデータの取得が難しい。
- カンボジアは、これらの課題を克服するために、データ収集システムの改善を進めており、近い将来には新しいシステムを導入する予定。Boran氏は、カンボジアが現在直面している課題を共有し、改善に向けた努力を強調しました。また、他国がデータシステムを改善する際の参考として、自国の経験を示唆しました。
お二方のプレゼンテーションを終えて、非常に有益なディスカッションが行われました。以下、いくつかのポイントを振り返ります。
Eden氏のプレゼンテーションについて:
Eden氏は、アジア太平洋地域で公開されている交通安全に関するデータや知見について触れ、情報の活用方法を示しました。特に、各国でどのようにデータを活用し、政策に反映させているかの例を挙げ、データの重要性を強調しました。
Boran氏のプレゼンテーションについて:
Boran氏は、カンボジアの交通安全のデータを使って、どのように政策を進めているかを紹介しました。カンボジアは、データ収集を行い、そのデータを用いて年次報告書を作成し、道路安全を改善するための取り組みを行っていることが強調されました。特に、交通量の増加が安全に与える影響についての分析が興味深かったです。
重要なポイント:
- データの活用:両者のプレゼンテーションで示されたように、データは政策作成において不可欠なツールです。データをどのように収集し、分析し、公開するかが重要で、特にカンボジアのようにデータを活用し政策に生かしている事例は非常に貴重です。
- メディアとデータの関係:時折、データが政治的な目的で誤用されることがあります。Job氏が言及したように、データを正しく解釈し、必要な質問を投げかけることが、誤解を避けるために重要です。
- データ収集の課題:データの収集方法についてもディスカッションがあり、特に「重傷者」の定義や、どのデータが有効かについて議論がありました。特に、病院に入院したかどうかを基準にする方法が実用的であるという話が印象的でした。
今後の課題:
- データアクセス:多くの国でデータへのアクセスが制限されており、共有データベースやオープンデータの重要性が再確認されました。
- メディアキャンペーン:メディアの影響を測定することが課題であり、政策の実行状況に関するデータ収集が今後の重要なステップになるでしょう。
今後もこうしたディスカッションを通じて、各国のデータ活用方法をさらに深堀りし、戦略的な行動計画の策定に活かしていけることが期待されます。