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APRSO & CAREC Road Safety Capacity Building Program Webinar Series1

Session4が2025年4月22日開催されました。
テーマ:「KPI(重要業績評価指標)およびSPI(安全性能指標)の策定と活用」

今回のセッションでは、「KPI(重要業績評価指標)およびSPI(安全性能指標)の策定と活用」をテーマに、各国の道路安全戦略の展開状況をモニタリングするための指標開発の重要性と方法について議論されました。

本ウェビナーシリーズは、1ヶ月半にわたって継続的に実施されており、「セーフ・システム・アプローチ(Safe System Approach)」の理解と実践方法、そしてデータの活用を通じて効果的な道路安全政策を形成する能力の向上を目的としています。

これまでのセッションでは以下の内容が扱われてきました:

  • 第1回:WHOの道路安全に関する現状報告とその背景となるデータの紹介
  • 第2回:補完的なデータソースとその活用方法
  • 第3回:収集したデータを戦略・行動計画の策定にどう結び付けるか

そして今回(第4回)は、策定した戦略や行動計画の進捗をいかにモニタリングするか、そのためのKPI・SPIの活用について焦点が当てられました。最後のセッション(第5回)は2週間後に予定されており、ステークホルダーの巻き込みや、道路安全対策における資金調達方法がテーマとなる予定です。

プレゼンテーション1
Johan Strandroth Director of Lösningar

プレゼンテーション2
Toru KiuchiSenior Researcher at ITARDA

プレゼンテーション3
Richard OwenCEO of Agilysis

ファシリテーター
Jessica TruongSecretary General, Towards Zero Foundation (TZF)

プレゼンテーション1:Johan Strandroth

このプレゼンテーションは、道路安全のパフォーマンス指標(KPI)や安全パフォーマンス指標(SPI)を活用して、目標達成に向けた進捗を管理するための重要なポイントを説明しています。主な内容としては以下の通りです。

KPI/SPIの命名と目的

名称の多様性

  • KPI(Key Performance Indicator)、SPI(Safety Performance Indicator)、Performance Targets、Target Performance Indicators、Performance Measuresなど、呼び方はさまざまです。
  • 本プレゼンテーションでは便宜上「KPI・SPI」という呼称を用いるが、本質は「何を測るか」にあります。

測定による管理の基本原則

  • 「管理できないものは測定できない」
  • 道路安全も、成果をしっかり評価・管理するには、適切な指標で「現状把握」「進捗モニタリング」「対策評価」を行う必要があります。

なぜ死亡・重傷統計だけでは不十分か?

  1. 長期・中期・短期の変動要因
    • 多くの先進国で見られる「モータリゼーションの急増後に死亡事故数が減少する長期トレンド」
    • 例:スウェーデンでは過去数十年、死亡事故数が年率約3%ずつ減少。しかし経済成長や景気変動に伴う一時的な増加・季節変動・ランダム要因で年間±30%程度の変動が見られます。
    • 1年単位の死亡者数・重傷者数だけで「対策が奏功した/していない」を判断するのは難しい。
  2. 統計データの不完全性
    • 国によっては報告漏れや集計方法のばらつきがあり、単純比較では見えない課題が混在します。
  3. 対策効果の時差
    • 施策実施から事故抑止効果が現れるまでにタイムラグがある場合が多い。
    • 数値だけを追いかけると、実際には有効な施策が「効果なし」と誤解されるリスクがあります。

利用者群・要素別KPIの検討例

  1. 2008年NHTSA(米国運輸省道路交通安全局)の手法
    総死亡数を以下のような利用者群や要素別に分解し、個別にモニタリングすることで変動要因を抑え、対策効果を詳細に評価しようとした
    • シートベルト未装着の車両乗員
    • オートバイ運転者(ヘルメット着用率)
    • 過速度関連死亡事故数
    • 歩行者死亡事故数
    • その他
  2. 利用者群指標の利点と限界
    • 利点:特定対象に絞り込むことで、施策(例:シートベルト着用促進)の効果を見やすくする
    • 限界:利用者群ごとに統計のばらつき・時差・データ不完全性の影響を受けるため、複数指標を組み合わせた総合的な分析が必要。

道路安全における目標設定とKPIの開発

  1. 目標設定と道路安全
    • パフォーマンス目標を設定することにより、死亡者数や重傷者数を減少させる目標に向けて適切な進展を確保できます。
    • WHOの報告書では、国連の自主的な目標指標が含まれ、世界規模での道路安全目標の進捗を追跡できるようになっています。
    • 各地域で設定する目標は、その国固有の交通安全問題や状況に合わせて調整されるべき。
  2. KPI(重要業績評価指標)の開発
    • KPIは、取られたアクションと死亡者数・重傷者数の減少との関係を理解するのに役立ちます。
    • KPIを開発する際には以下の点が重要:
      • 指標とトラウマ発生との関係
      • データ収集の正確性と信頼性
      • 国内および地域レベルでのデータの関連性と実現可能性
  3. バックキャスティングアプローチ
    • バックキャスティングアプローチは、まず将来の目標(例:2050年までに死亡者ゼロ)を描き、そこから現在の状態とのギャップを埋めるため必要な行動や戦略を特定する方法です。
  4. インフラ安全とKPIの連携
    • 死亡者数を約50%減少させる目標を達成するために、さまざまな介入 シナリオとその影響を評価することに焦点が当てられています。
  5. 長期戦略とKPI
    • 長期的な戦略の評価にKPIを使用し、短期的な目標の調整を行います。
  6. KPIの重要性
    • スウェーデンが道路安全進捗を測るために使用しているさまざまなKPIの例が紹介されました。特に高速度道路における中程度のバリアの設置率や車両安全技術、道路利用者の行動を追跡する方法が示されました。
      ※スウェーデンがどのようにKPIを活用して道路安全を向上させているか:スウェーデンでは、毎年道路安全に関するトレンドを発表し、KPIを含む分析を公開しています。たとえば、高速道路におけるメディアバリアの割合や、新車販売における5つ星評価を受けた車両の割合などが追跡されています。

また、これらのKPIは進捗状況を評価するために活用され、2030年までに95%の高安全性道路を達成する目標が掲げられています。

  1. データの透明性とアクションの重要性
    • KPIは単なるデータセットにとどまるものではなく、実際に活用され、透明性を持って公開されることが重要です。これにより、パートナーとの間での情報共有や共同作業が促進され、実際の改善に繋がるアクションが起こりやすくなります。データを活用する際には、透明性が非常に重要であり、これを公に表示することで、各機関や関係者がアカウンタビリティを持って取り組むことが期待されます。

Strandroth氏からの提言

  1. 死亡・重傷者数は「最終アウトカム」を示す重要指標だが、それだけに依存しない。
    • 中間アウトカム指標(例:シートベルト着用率、速度超過件数)やプロセス指標(例:取締回数、教育実施件数)
    • さらには、事故発生リスク要因の把握に資する多様なSPI(例:道路環境評価、車両安全装備普及率)を組み合わせてモニタリング体制を構築すること。
  2. 指標設計時には、「何を管理したいか」→「そのために必要な測定項目は何か」→「データの入手可能性や精度はどうか」を順番に検討し、実効性のあるKPI/SPIを選定する。

プレゼンテーション2:Toru Kiuchi

本プレゼンテーションでは、日本における交通事故データ分析と、交通安全に関するKPI(主要業績評価指標)の整備について紹介されました。

1. 日本の交通事故死者数の推移と背景

  • 日本では、交通事故による死者は「事故後24時間以内に亡くなった人」として定義されています。
  • 1992年には交通事故死者数がピークを迎えましたが、それ以降は一貫して減少傾向にあります。
  • 2023年には交通事故による死者数は年間わずか2,663人となり、ピーク時と比べて大幅に減少しました。

2. 交通安全対策の国家的取り組み

  • 日本政府は1989年に交通安全の国家計画を策定し、1992年には専門の調査機関(おそらくITSやJAFなどを含む)が設立されました。
  • この機関は、交通事故の要因分析や個別事例の詳細調査を行い、関連省庁や自治体と連携してデータを共有・分析しています。
  • 調査活動には多くの民間企業や団体(特に損害保険協会など)も協力しており、政府からの直接的な補助金は少ないものの、民間資金や調査委託契約などによって運営されています。

3. データ収集と分析手法

  • 事故が発生した場合、地域の警察署が調査チームを派遣し、現場での状況を詳細に記録します。
  • 集められたデータは国の中央機関に送付され、地域別・年別などで分類され、統計化されます。
  • このデータはKPIの設定や交通安全施策の改善に活用されています。

4. マイクロデータによる詳細分析

  • 「マイクロデータ」と呼ばれる詳細なデータベースも整備されており、交通事故の環境要因(道路形状、天候、時間帯など)も含めた多面的な分析が可能です。
  • 特に特定の事故(バイク事故や自転車事故など)に対しては、専門の調査グループが設けられ、事例ごとの原因究明が行われています。

5. 調査事例と成果

  • 実際の事例として、先行車と後続車の挙動を比較した研究では、後続車が注意を払っていれば事故を回避できた可能性があることが示されました。
  • 日本と韓国のデータを比較した調査では、日本の交通安全対策の有効性が60%ほど高いという結果も出ており、制度的・文化的な違いも分析の対象となっています。

6. 成果と課題

  • 日本ではシステム全体が非常にうまく機能しており、調査結果が関係機関に迅速に送られ、対策に反映されています。
  • ただし、今後の課題としては、さらに夜間と昼間の事故発生状況の違いや、高齢者の事故率の上昇などに対応する必要があるとされました。

7. まとめ

このプレゼンテーションでは、日本が交通事故の削減に向けて、国家レベルで緻密な調査体制とデータ活用を整備してきたことが紹介されました。マイクロデータによる詳細分析の活用、関係機関との連携、民間の支援による運営体制が、日本の交通安全の向上に大きく貢献していることが示されました。今後はさらなる精緻な分析と、新たな課題への対応が求められます。

プレゼンテーション3:Richard Owen

このプレゼンテーションでは、イギリスにおける「安全性パフォーマンス指標(Safety Performance Indicators: SPI)」に関する新しいアプローチについて紹介されました。特に、新しいデータソースを活用してどのようにSPIをモニタリングするかについて、最近15ヶ月間に行われたアジア開発銀行(ADB)主導のプロジェクトの事例を中心に説明されました。

プロジェクト概要

このプロジェクトは3つのSPIを対象としていますが、今回のプレゼンでは主に以下の2つに焦点を当てています:

  1. 制限速度を超えて走行する車両の割合
  2. ヘルメットを着用している二輪車ユーザーの割合
    チームには、欧州でSPIの専門家として知られるウマード・ファン・ベルガー氏、二輪車のSPIに特化したフェリックス・ジルベルト氏が加わっています。プロジェクトはまだ完了していませんが、進行中の成果が紹介されました。

方法論とデータの取得

このプロジェクトでは、伝統的な調査手法に加えて、新しい技術やデータソース(GPS、モバイルデータ、AIビデオ分析など)を活用しています。例えば、速度情報を得るためには、レーダー、レーザー、地中ループ、モバイルデータやAIによる映像解析など、多様な方法が活用されています。

スピードのSPI

  • スピードに関するSPIは「制限速度の順守率」で評価されます。
  • 都市部、郊外、高速道路など、道路の分類ごとに速度が測定されています。
  • 一日の時間帯によって交通量と速度の関係が変化するため、SPIの測定には注意が必要です。
  • スピード情報を正しく評価するためには、正確な制限速度情報が必要ですが、多くの国ではそのデータが不足しています。

ヘルメット着用のSPI

  • 従来の方法は道路脇に立って観察するというものでしたが、これはサンプル数が限られています。
  • AI技術を使って、映像データから二輪車利用者とヘルメットの着用有無を自動的に認識する手法が活用されています。
  • この方法は既に一部の国で実績があり、数百万枚の画像データを解析することが可能です。

中間成果とダッシュボード

現在までに、AIを活用したヘルメット着用率の大規模分析では、数千万枚におよぶ画像からデータが抽出され、地域別や道路別の傾向が明らかにされつつあります。
スピードについても、コネクテッドビークルのデータを利用して、個別の道路区間における詳細な速度情報が取得されており、将来的にはこれらの結果を可視化したダッシュボードが構築される予定です。

  • このダッシュボードは国全体だけでなく、地域や道路ごとの詳細なSPI情報を提供します。
  • 例えば、タイのある道路区間では、140万台以上の車両の速度データから「順守率77.5%、平均速度約70km/h」という結果が得られました。

結論と今後の展望

今回のプレゼンでは、スピードとヘルメット着用に関する新しいデータ取得方法の有効性と課題が示されました。特に、AI技術とモバイルデータの活用により、従来の調査方法では得られなかった広範囲な情報が得られるようになっています。
将来的には、これらの手法がさらに多くの国や地域で活用され、安全な交通環境の構築に貢献することが期待されます

ディスカッション

主なディスカッション内容:

1. 低・中所得国におけるKPI開発は限定的なデータでも可能か?

最初の質問として、Truong氏は「データが限られている地域でもKPIの開発は可能か?」をスピーカーに投げかけました。

  • 回答では、「KPIの開発にはデータが必要不可欠だが、すべてを整備してから始める必要はなく、基本的な指標からスタートすればよい」との意見が示されました。
  • また、国連が示すグローバルKPIリストを参考にすることや、IRAPやNCAPなどの国際機関が提供する既存のデータを活用することも推奨されました。
  • Owen氏の例を引き合いに、「新しい手法を用いれば、必ずしも詳細なトラウマデータを用いなくてもKPIのモニタリングが可能になる可能性がある」とのコメントがありました。

2. AIツールの利用可能性とコストについて

Owen氏のプレゼンに関連し、Truong氏はAIデータ収集ツールが低・中所得国でも利用可能か、またその費用について質問しました。

  • Owen氏は、「このプロジェクトでは可能な限りオープンデータを使用しており、従来のように高額なデータ購入を避けている」と述べました。
  • データの全体ではなく、道路ネットワークの5〜10%をサンプリングして分析することでコストを抑えているとのことです。
  • また、再現性のある手法を公開することを目指しており、他国でも一貫した方法で実施できるようにしているとの説明がありました。

3. AIツールによるヘルメットの正しい着用の検出精度について

  • 正しく装着されたヘルメットをAIツールで検出できるかについても質問がありました。
  • Owen氏は、「ヘルメットの種類(フルフェイス等)の認識は可能だが、あご紐の装着までは高解像度画像が必要になる」と説明。
  • 現在はMapillaryというオープンプラットフォームのデータを利用しており、高解像度の商用データも評価中とのことです。
  • 完璧を目指すより、まずはシンプルな指標から始めることが重要との意見で締めくくられました。

4. Kiuchi氏からの事例共有

  • Kiuchi氏は、政府のデータ収集とKPIへの活用について説明しました。
  • 2021年11月から国内生産車に安全装置が義務付けられ、2024年7月からは輸入車にも適用される予定です。
  • また、政府は事故通報システムの導入も進めており、2026年にはさらに進化した通知システムの導入が計画されています。

まとめとして

低・中所得国におけるKPI開発は、限定的なデータでも基本的な指標から開始すれば可能であり、国際機関の既存データも活用することができます。
AIツールによるデータ収集はオープンデータとサンプリング手法を用いることでコストを抑え、再現性の高い方法が追求されています。
ヘルメット着用の正確な検出には高解像度画像が必要ですが、まずはシンプルな指標から始めることが重要です。
さらに、日本では車両の安全装置義務化や事故通報システムの導入が進められている事例も紹介されました。

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