Sustainability talk 15 田中伸男(後編)

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California / USA

IEAの任期中は面白かったですか。

非常に面白かったですね。
石油の値段の移り変わりだけを見てもわかります。
就任時70ドルだったものが、147ドルになり、さらに30ドルに下がったことだけでも、仕事は非常に忙しくなりました。

今年6月末には備蓄をリリースしましたが、あれはやはり大変な決断でした。
2月からリビア危機があり、160万バレルくらいの不足が起こっていたのは事実ですが、それは表に出ていなかったのです。
精油所が休止していたし、日本でも震災、津波が起こり需要が減りましたから。
我々の予測では、7月、8月になると、精油所はメンテナンスから戻ってくるし日本でも復興需要が起こってくる、さらにアメリカの景気も悪くないので、需要が伸びてOPECが増産しないと大変な事態になると警鐘を鳴らしていました。

ところがOPECは増産を決めませんでした。
そこで、先制攻撃的に備蓄放出を行なったのですが、価格が上がっていないのに放出を発動するというのは初めてなんです。
今回のIEAの備蓄放出で28か国のメンバー国のうち本当に放出したのは12か国です。
全員が賛成したのですが、実際に放出に参加したのは一部の国のみというのも初めてでした。

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Paris / France

新しく行なったことは、他にもあります。
主要生産国と協調したことです。
サウジアラビアは「原油が市場に足りなければ、いつでも増産する」と言っていました。
しかし、増産するには少し時間もかかるし、マーケットにものをすぐに出すという意味では、備蓄を放出したほうが効くんです。
サウジとの間で、「我々は出すけれど、あなたも増産をやめないでね」という暗黙の了解ができました。

それでIEAは放出を決めました。
IEAは年初来石油価格の高騰が、世界経済への悪影響を与える恐れがあると警鐘を鳴らしていました。
ソフトランディングが必要と考えていました。
今後新興国の需要増に供給が追いつかず、マーケットがタイトな世界では小規模の途絶でも価格がはねるリスクが大きいため、2008年と異なり「備蓄放出は機動的にやります」という新機軸を打ち出したのです。
つまり市場には、IEAは大規模な途絶以外には伝家の宝刀は使わないという認識があったのですが、そういうパーセプションを変えたのですね。
ひょっとするとIEAが介入するかもしれないということで、投機筋は注意して動きます。

IEAは「石油市場の番犬」だが、吠えるだけでなく噛むこともあるというメッセージは市場に届いています。
IEAのもっとも基本的なファンクションですが、新しいことをやる決断をさせてもらったのはよい勉強になりました。
最後にエネルギーセキュリティの根幹に関わる仕事ができて大変面白かった、よかったと思います。